鹿児島簡易裁判所 昭和41年(ろ)135号 判決 1966年9月08日
被告人 大城栄行
主文
被告人を懲役二年六月に処する。
未決勾留日数中一〇〇日を右本刑に算入する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は
第一別紙犯罪一覧表掲記の共犯者氏名欄記載の者等と共謀の上同表掲記のとおり一九六三年(昭和三八年)一〇月一八日頃から一九六四年五月七日頃までの間前後二一回に亘り沖縄県具志川村役所外二〇ケ所において新垣幸蒲外二〇名所有の現金三、九四三ドル八三セント及簿冊八七冊入キヤビネツト一個外雑品一〇九点(時価八、四八五ドル五五セント)を窃取し
第二氏名不詳者と共謀の上昭和四一年四月七日午前零時二〇分頃鹿児島市住吉町鹿児島石油株式会社住吉給油所事務室に窃盗の目的を以て侵入し金品物色中宿直員に発見されてその目的を遂げなかつた
ものである。
(証拠の標目)<省略>
(法令の適用)
法律に照らすと被告人の判示所為中第一(別紙犯罪一覧表(1) 乃至(21))の各窃盗の点はいずれも刑法第二三五条、第六〇条に、第二の住居侵入の点は刑法第一三〇条、第六〇条、罰金等臨時措置法第三条に、窃盗未遂の点は刑法第二三五条、第二四三条、第六〇条に各該当するが判示第二の住居侵入と窃盗未遂とはいずれも手段結果の関係にあるから同法第五四条第一項後段、第一〇条により重い窃盗未遂の罪の刑に従うことにし、以上は同法第四五条前段の併合罪であるから同法第四七条本文、第一〇条により最も重い判示第一の(18)の窃盗の罪の刑に法定の加重をしたその刑期範囲内で被告人を懲役二年六月に処し同法第二一条により未決勾留日数中一〇〇日を右本刑に算入し、訴訟費用は刑事訴訟法第一八一条第一項但書を適用して被告人には負担させないこととする。
(弁護人の主張に対する判断)
一 沖縄での犯罪に対する公訴棄却の主張について
まず弁護人は沖縄での犯罪(昭和四一年七月一六日付起訴状記載の公訴事実(1) 乃至(21))については日本の裁判所は裁判権を有しないから公訴棄却の裁判をされたいとの主張をなすのでこれに対し当裁判所の判断を加える。
弁護人の右主張の要旨は被告人が沖縄(琉球)在住当時沖縄で犯した犯罪として起訴されているのであるから沖縄住民が沖縄で犯した犯罪である、このような事案について日本の裁判所が裁判権を有するや否について問題がある。
(一) 沖縄はアメリカ合衆国の施政権下にある関係上同国の憲法が施行されており、日本国憲法は施行されていない。
刑法第三条の規定は日本人に限つて、裁判権をもつものであつて、本件被告人は同条にいう、日本人ではない。すなわち沖縄住民に対しては日本国の立法、司法、行政の三権は停止されている、なお沖縄は日本国との平和条約(昭和二七年条約第五号)第三条により日本国の領土から除外されているから日本国内というべきでない、犯罪に関してだけ日本国の法律を適用すべきでなく、また犯罪に関し日本国の法律を適用することは正義に反する日本の国家権力の乱用というべきである、それで右については公訴棄却の判決を求めるというのである。
(二) よつて案ずるに当公判廷において取調べた被告人の身上照会書および被告人の当公判廷における供述によれば被告人は琉球、沖縄に本籍を有し今次大戦の終結前に出生したものであり、出生時又は幼少時よりひきつづき沖縄に居住し本件犯行後の昭和三九年五、六月頃密航して日本の奄美群島(沖永良部島)に上陸し同年八月日本本土(鹿児島市)に到来し、昭和四一年四月一六日付起訴状によれば公訴事実は同年四月七日鹿児島市内において住居侵入、窃盗未遂の罪を犯したものでそれがため日本国の捜査官憲により逮捕されて当裁判所に起訴され、次いで沖縄での前示犯罪により昭和四一年七月一六日附を以て追起訴されるに至つたことを認めることができる。
(三) 弁護人は右主張の通り沖縄は米国すなわち合衆国の施政権下にあつて日本国の立法、司法、行政の三権が停止されていて、日本国の領土から除外されているから日本国内でないと解しているものの如く思料せられる。
そこで当裁判所もその点を考察するに刑法第一条が何人を問わず日本国内において犯罪を犯したものにこれを適用すると規定しているのはいわゆる属地主義に基くもので排他的な国家主権(領土主権)が行使されていることを前提としているものというべく、日本国内であるか否かは日本国の統治権ことに立法司法行政の権力が現実に行使されている地域であるか、否かによつて決定するのが妥当であると考える。
ところで国際法上沖縄の地位を決定する基本的な実定法規はサンフランシスコ平和条約であるが、同平和条約(昭和二七年条約第五号)第三条は「日本国は北緯二九度以南の南西諸島(琉球諸島及び大東諸島を含む。)を合衆国を唯一の施政権者とする信託統治制度の下におくこととする国際連合に対する合衆国のいかなる提案にも同意する。このような提案が行われ且つ可決されるまで合衆国は領水を含むこれらの諸島の領域及び住民に対して行政、立法及び司法上の権力の全部及び一部を行使する権利を有するものとする。」と規定し合衆国は同条に基づきひきつづき、同諸島に対し行政、立法および司法権を行使していたがその後右諸島のうち奄美群島(北緯二七度以北の諸島)は「奄美群島に関する日本国とアメリカ合衆国との間の協定」(昭和二八年条約第三三号)により日本国に復帰したものの、これを除く琉球諸島についてはいまだ前記平和条約第三条による「合衆国のいかなる提案」も行われておらず依然として合衆国が行政、立法及び司法上のすべての権利を行使して今日に至つている。
さて右条約第三条と同条第二条と対比してみると第二条は日本国は、朝鮮、台湾、千島列島および樺太等の地域に対するすべての権利、権原および請求権を放棄すると規定しているのに対し、北緯二九度以南の琉球諸島に関する規定である第三条には、このような文言は使用されておらず、ただ合衆国が行政、立法および司法上のすべての権力を行使する権利を有するとうたわれているのみである、しかもサンフランシスコ講和会議において、アメリカの首席代表ダレスは日本に残余主権を維持することを許す旨の説明をしており、日本国は同諸島に対して平和条約発効後も制限された範囲内であつても、なお領土主権を保有していることが明らかである。ところで領土主権の内容を分析してみると、その領土にいる人を統治する権力と領土そのものを占有し処分する権利とに分けて考えることができるが、日本国は平和条約第三条により前者の権力及び領土そのものを占有する権利を行使する権限を合衆国に与えていることが明白であるから、日本国が保有している領土主権とは領土の処分権であり、しかもその処分権も同諸島を合衆国を唯一の施政権者とする信託統治制度の下におくこととする国際連合に対する合衆国の提案(日本国はあらかじめこの提案に同意を与えているのであるから同諸島を信託統治制度の下におくという処分に関する限り合衆国が処分権をもつわけである。)を除いたその他の処分を行う権限を意味するに止まるものである。しかして刑法第一条の日本国内であるか否かを解決するに当つては日本国がその地域に対して法上残余主権を保有しているかどうかを重視すべきではなく現に立法、司法および行政の権力を行使しているか否かを重視すべきものと考える。そして琉球諸島は平和条約第三条によりアメリカ合衆国によつて占有されており同国が立法、司法、行政の統治権を現に行使していて、日本国は右地域に対して何ら統治権を行使していないことは前説示のとおりである。従つて同諸島は刑法第一条にいう日本国内ではないと解するのが妥当である。この点に関する弁護人、検察官の所論には当裁判所としても同意見である。
(四) 次に弁護人は刑法第三条にいう日本国民ではないと主張する。よつてこの点に考察を加えると日本国の領土主権の及ばない国外における一定の犯罪に対し日本国民であるが故に刑法を適用しようという根拠はいわゆる属人主義に基づくものでその人と日本国との間に本来日本国の対人的統治国に服すべきものであるという法関係が存在するからであると解される。刑法にいう日本国民の範囲は、日本国の対人的統治権行使の人的範囲を明らかにした国籍法によつて定まるというベきである。国籍法は日本国籍を有する者を日本国民であるとしている。
沖縄住民が旧国籍法の時代から日本国籍を保有してきたものであることは説明を要しないところであるが、問題は沖縄住民が平和条約によつて日本国籍を喪失し同住民が日本国の対人的統治権に服すべき法関係は断ち切られてしまつたか否かにある。まずこの点を国際法の見地から考察すると確立された国際法上の原則によれば領土の割譲とともに国籍の自動的変更を生ずるものであるが琉球諸島は合衆国に割譲したものでないことは前説示のとおりである、もし沖縄住民の国籍に変更を生ぜしめるものであればこれまでの慣例に照らし条約中にその旨の明文を置くのが通常であるのにかかわらず平和条約中に沖縄住民について日本国籍を喪失変更せしめるような規定のないこと、同住民が今次の敗戦後現在に至るまで法律上合衆国の国籍を取得したとか、事実上アメリカ合衆国国民と同視できる法的地位が認められているという事実のないこと、国際法の確立した一般原則によれば一国が領土権を放棄せず単に他国に対してその領土上での権利行使を認めるにすぎない場合には、別段の定めがない限りその領土上の住民が領土国の国籍を失うということは当然には認められないと解されていること等考えると、沖縄住民は平和条約発効後もなお日本国籍を保有し、沖縄住民が日本国の対人的統治権に服すべき法関係は断ち切られていないものと解するのが相当である。
しかし弁護人は平和条約により沖縄はアメリカ合衆国の施政権下にあつて立法司法行政の三権が停止され同国がその三権を行使する権限を有すると規定してあることを根拠として沖縄住民に対する対人的統治権を同国が保有しているから日本国民とは解し難いものの如く主張している。
よつてさらにその点につき考えてみるに平和条約は沖縄住民の地位を最終的に決定しているものではなく、合衆国が琉球諸島を信託統治制度の下におくことを国際連合に提案するまでの暫定的措置として同諸島における施政権の行使を認めたものであり(しかも合衆国は同諸島を信託統治制度の下におくという提案をすることを条約上義務づけられているわけではなく、国際情勢の変化によつては奄美群島の例の如く日本国に返還される可能性も全くないとはいえない。)沖縄住民の最終的な身分地位は将来において日本国の同意を得て決定する趣旨であること、現に沖縄住民に対し琉球住民という特殊な地位を設けて他の者と異つた法的取扱いをしているといつてもそれは合衆国の国籍を認めたものではなく、また合衆国の委任統治の下にある諸島の住民のような特殊な地位を認めたものでないことが明らかであり、合衆国が沖縄における施政権行使の都合上行つている措置に過ぎないと考えられることを考慮すると、沖縄住民が前説示のとおり平和条約発効後も依然として日本国の国籍を有することによつて表明されている、日本国の沖縄住民に対して保有している対人的統治権が単に形がいに止まるものとは解し得ないのである。しかも刑法第三条の日本国民であるというためには当該人に対し現実に対人的統治権を完全な領土主権を行使している領域におけると同様に行使している必要はないのであつて(日本国民が外国に居住すればその外国にいる間は現実に日本国内にいると同様に統治権を行使することはできない。)要は日本国と当該人との間に本来日本国の対人的統治権に服すべきであるという法関係が認められるか否かにかかつていると考えられるのである。
以上の検討により国際法の見地よりみても日本国と沖縄住民との間に前示の法関係が認められることが明らかである。さらに国内法に目を転ずると日本国政府当局は同諸島の住民が日本国籍を有することを確認しているとともに昭和二七年四月一九日法務府民事甲第四三八号法務府民事局長より管下各法務局及び地方法務局の長にあてた通達によれば第一項は朝鮮及び台湾は条約発効の日から日本国の領土から分離することとなるのでこれに伴い朝鮮人及び台湾人は内地に在住している者を含めてすべて日本の国籍を喪失する、第二項省略、第三項は北緯二九度以南の南西諸島等(日本国との平和条約「昭和二七年条約第五号」第三条に日本国は北緯二九度以南の南西諸島「琉球諸島及び大東諸島を含む」とある)の地域に本籍を有する者は条約の発効後も日本国籍を喪失するものでないことは、もとより同地域に引続き本籍を有することができる。とされている。また実務上の取扱についてもこの立場に基づき「昭和二三年政令第三〇六号沖縄関係事務整理に伴う戸籍恩給等の特別措置に関する政令」及び「昭和二六年法務府令第一五〇号沖縄関係事務整理に伴う戸籍恩給等の特別措置に関する政令第一条に規定する地域等を定める府令」によれば北緯二九度以南の南西諸島琉球列島のうち法務省令の定める地域に本籍を有する者の戸籍及び住民登録事務は本籍地の市町村長管掌し又は法務省令で定める法務局職員が管理又は管掌する旨を定めてあるほか沖縄関係事務整理に関する戸籍恩給事務について琉球諸島の地域は福岡法務局で管掌することに定めてある点等からしても日本国の国籍が問題となるすべての日本国の法令の適用に関しては沖縄住民を他の日本国民と何ら差別するところがないのである。このことは日本国が沖縄住民に対し対人的統治権を保有していることを国内法において明確に示しているものということができ、かかる国内的措置は平和条約発効後も国際法上沖縄住民が日本国籍を保有していることを前提としているものである。
以上の考察によれば沖縄住民は刑法第三条にいう日本国民であると解すべきものと考えられる。
弁護人は沖縄住民はアメリカ合衆国の施政権(すなわち統治権)下にあつて同住民に対しては日本国憲法その他の諸法令の適用が排除されており実質的に日本国民としての取扱を受けていないから、ひとり刑事責任についてのみ被告人を日本国民として扱い、これを負担させるべきでないと主張する。しかしながら日本国民が外国に居住している場合には日本国憲法その他の諸法令は現実にはその適用が排除されているにかかわらずなお刑法第三条により一定の犯罪を犯した場合には刑法の適用をみるのであるから所論の如く現実に日本国憲法その他の法令が沖縄住民に適用されていないとしてもそのことを理由として刑法第三条の適用を拒むことはできない。
(五) そこで被告人に対する右裁判権の有無について考えるに前示のとおり琉球諸島には平和条約第三条により合衆国の統治権が排他的に及んでおり、従つて日本国は同諸島に対して公訴権、裁判権を行使することができないのであるから被告人が琉球諸島に在住している限り日本国は同人らに対して公訴権、裁判権を行使することのできないことはいうまでもない。しかし前記のとおり被告人は沖縄での本件各犯行後日本本土に到来し、その後日本国においての犯罪により日本国の捜査機関により逮捕され現に鹿児島刑務所に身柄拘束中であるから日本国が被告人に対して本件の公訴権、裁判権を行使するにつき何らの障害もなく、従つて被告人が現在する地の裁判所である当裁判所が裁判権、管轄権を有することは明らかである、と考えられるので弁護人の本主張は採用できない。
よつて主文のとおり判決する。
(裁判官 吉丸仲吉)
別表犯罪一覧表<省略>